Column
Vol.03

パラリンピック開催とダイバーシティ推進

河西正博(スポーツ健康科学部助教)

私は、社会学や障害学の視点から、障がい者のスポーツ参加による障がい意識の変化や、社会の障がい者スポーツに対する認識等に関する研究を行っています。本稿では、パラリンピックを事例として、「パラリンピックの開催はダイバーシティ推進に寄与するのか」ということについて考えていきたいと思います。

2021年に開催された東京パラリンピックの大会ビジョンの1つに「多様性と調和」が掲げられており、以下のように説明されています。

人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治、障害の有無など、あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩するのであり、東京2020大会を、世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする *¹東京都オリンピック・パラリンピック競技大会HPより引用

以上のように、東京パラリンピックは、昨今様々な領域で目にするようになった「ダイバーシティ&インクルージョン」の実現を目指した大会であったと言えますが、果たしてパラリンピックの開催は社会にどのようなインパクトをもたらすのでしょうか。

2012年に開催されたロンドンパラリンピックは多数の観客を集め、成功した大会とされていますが、開催後の各種調査では非常に興味深い結果が出ています。イギリス政府が一般市民を対象に実施した調査では、81%の人々が「障がい理解にポジティブな影響を与えた」と回答した一方で、障がい者を対象とした民間調査では、健常者の態度に「変化がない」59%、「悪化した」22%、となっており、障がい者、健常者間で相反する結果となっています。障害の有無によってなぜこれほどパラリンピックの捉え方に差が生じているのでしょうか。

このような評価の背景には、パラリンピックの「勝利至上主義化」や「能力主義」が関係していると考えられます。第2次世界大戦後の傷痍軍人向けの運動療法を起源とするパラリンピック(障がい者スポーツ)の取り組みは、リハビリテーションを主目的とし、長く「福祉」の枠組みの中で展開されてきましたが、大会の認知度が上がるにつれて、年々競技レベルが向上し健常者と同様の勝利至上主義的な「スポーツ」としての価値を獲得していきました。日本においては1998年の長野パラリンピックがターニングポイントになったといわれています。パラリンピアン等のアスリートにとって、障がい者スポーツの「スポーツ化」は競技環境の整備や、支援の拡充につながるものであり望ましいことですが、このように健常者のスポーツと同化・統合していく流れは、これまで障がい者のスポーツ参加を阻んできた「能力主義」に追随することになると同時に、「障がい者スポーツ=パラリンピック」という狭義の認識が共有されていくことで、スポーツが一部の障がい者のみアクセス可能なものとなっていく危険性をはらんでいるのではないでしょうか。以上の視点から、パラリンピックの存在について考えていくと、ポジティブな側面として、(健常者の)障がい者、障がい者スポーツの理解・認知に寄与する一方で、「(高度な運動能力をもつ)パラリンピアン」と「パラリンピアンではない障がい者」を二分してしまうという、ある種矛盾した役割を担うイベントになっていると指摘できます。前段のイギリス調査の結果が象徴的なものとなっていますが、健常者はパラリンピアンの高度なパフォーマンスを目の当たりにすることで、「障がい理解が深まった」と感じる一方で、多くの障がい当事者は、「パラリンピアンは自分とは違う立場の人たち」「パラリンピックが開催されても自分たちの生活に変化はない」と認識することで、パラリンピックに対して否定的な評価をしてしまっているものと考えられます。

ここまでお読みいただいた読者の皆様は、筆者はパラリンピックに対して否定的な立場なのかと推察されたかもしれませんが、最後にパラリンピックがダイバーシティ推進に寄与する可能性について言及したいと思います。

スポーツ社会学者の渡はパラリンピックの意義について、「『さまざまな人々がこの社会にいる』という至極当たり前で見過ごされやすいやすい事実に気づかせる良い舞台でもある」と述べており、身体の多様性、実践の多様性への着目をつくり出すことが必要であると指摘しています*²。パラリンピックは、アスリートのパフォーマンス(勝敗や記録等)のみが注目されがちですが、多様な障がいのある人々が多様なルールのもとで競争しており、画一化されたルールのもとで競い合う近代スポーツの価値観を相対化していく契機となるものであるといえます。このように、パラリンピックのもつ「競技性」のみに着目するのではなく、もともと内在している「多様性」にもスポットライトを当てることで、「パラリンピック」と「ダイバーシティ」が結びついていくのではないでしょうか。

2024年にはパリパラリンピックが、翌2025年には東京でデフリンピック(聴覚障がい者の国際競技大会)が開催されます。選手たちの多様な取り組みにぜひ注目していただければと思います。

*¹東京都オリンピック・パラリンピック競技大会 大会ビジョン
https://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/taikaijyunbi/taikai/vision/index.html

*²渡正(2018)「教養としてのアダプテッド体育・スポーツ学」『日本のパラリンピックとレガシー』大修館書店, p.97

文部科学省 令和3年度科学技術人材育成費補助事業 「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(調査分析)」に選定