同志社大学の導入事例

同志社モデル

建学の精神 良心教育

同志社モデルのスローガン

「人一人ハ大切ナリ」に基づくダイバーシティ推進
-構成員の誰もが輝けるダイバーシティキャンパスの構築へ-

【同志社大学の概要・取組の背景】
同志社大学は、1875年に同志社英学校として新島襄によって設立され、1923年に、私立大学では初めて学位授与を前提とした本科へ女子学生の入学を認めた。「人一人ハ大切ナリ」を礎とする良心教育を建学の精神として発展し、現在は、14学部16研究科を設置し、約28,000人の学生が在籍している。初の女性学長である植木朝子学長のリーダーシップのもと、「ダイバーシティの推進」を学内の最重要課題として位置付け、2021年3月に「ダイバーシティ推進宣言」を制定、2021年度にダイバーシティ推進委員会を設置し、「男女共同参画」「多文化共生」「障害者支援」「性の多様性理解」を中心課題として精力的にダイバーシティ政策を推し進めてきている。また、JST次世代人材育成プログラム「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」に、これまで3度(2016年度、2018年度、2021年度)選定され、「科学するガールズ」養成プログラムを継続的に実施し、補助事業が終了した現在も、その後継事業として「わたしのサイエンス」プログラムを自己資金により自走させている。
【同志社大学の課題】
同志社大学が2021年に実施した学内調査(ダイバーシティサーベイ)の結果、理工系の女性教員比率が低いこと(8%:2021年調査時)が可視化された。また、例えば、「同志社大学は子育て中の教職員にとって働きやすい職場か」という質問に対して、「思う」「思わない」の比率が男女で逆転、「ロールモデルとなる教職員はいるか」については、男性は「いないが必要と思わない」が最も多く、女性は「いないが必要」が最も多いこともわかった。いずれも統計的な有意差が認められている。つまり、仮に家庭責任を負わない男性で大学執行部が埋められていたとしたら、同志社は子育てしやすい職場であり、ロールモデルは必要がない、という前提で政策設計が進んでいくことになってしまう。まさに女性の上位職登用の必要性が求められるエビデンスでもある。
同志社大学は、2008年に男女共同参画推進室を設置したものの、女性研究者支援に関わる意思決定プロセスが整備されておらず、ライフイベントとの両立に苦慮する研究者の声が政策に反映されるしくみとなっていなかった。女性研究者のエンゲージメントを向上させたり、支援環境を整備することは当然のことながら、その前提として、まずは女性研究者支援のためのガバナンス体制の改革が喫緊の課題とされた。
【改革の第一歩:見える化】
ダイバーシティ推進を政策の筆頭に掲げて選出された植木学長のリーダーシップにより当事業への応募が決定し、まず着手したのが「ジェンダー統計」の作成である。ダイバーシティイニシアティブ補助事業への応募時には自大学の現状把握が前提となるからである。
女性教員比率(全体)
女性教員比率(理工系)
私立大学としては早期から女性研究者支援事業に着手し、先進的な取組をしていた上智大学と共同申請することになり、両大学の10年間の変遷を可視化した。よく「どうやって執行部を説得したのか」と聞かれるが、結果として、このグラフ(見える化)が同志社を大きく動かすこととなった。
なお、当事業で調査した対象校は、たとえ大規模校であったとしても女性研究者支援のための組織がないことも少なくなく、データの作成(とりまとめ)が極めて困難との声が多く上げられた。国立大学からは(ジェンダー統計を含む)アンケートが翌日に返送されてくることもあった一方で、「担当部署がないので回答ができない」「協力したいがデータを作るのに半年ほどはかかる」と連絡をくださった私立大学もあった。是非半年かけてでもデータを作って、学内で共有していただきたい。本学のように、それが大学を動かすことになるかも知れないからである。
【ガバナンス改革】
同志社大学は、建学の理念であるキリスト教プロテスタント会衆派の精神を尊重し、各学部の自治自立を尊重したガバナンスを採用しており、極めて民主的な意思決定プロセスを今なお踏んでいる。14学部16研究科を擁しており、その学問分野も多岐にわたり、また歴史(100年を超える学部もあれば20年に満たない学部もある)や文化も異なるばかりか、人事に関わる意思決定プロセスも学部によって大きく異なる。当然女性研究者を取り巻く環境も異なるし、そのニーズも異なる。
したがって、学部の多様性と自主性を尊重した推進モデルを構築するためのツールとして、ダイバーシティ監査のスキームを参照したガバナンス改革を行った。ダイバーシティ監査では、監査機関が個々の大学独自の取組を監査するシステムとなっているが、同志社大学では学長直結の「内部質保証推進会議」(既存)を監査機関として位置づけ、従前より各学部からの提出を義務づけていた「自己点検・評価ワークシート」の項目に、2023年度からダイバーシティ推進に関する取組の記述を求めることとした。つまり、内部質保証の枠組みにダイバーシティの取組を組み込むことにより、学部独自のダイバーシティ戦略の策定、実行、評価及び改善の循環を適切に機能させることを企図したのである。提出内容は同会議で確認後、学長に報告し、学長が改善の必要があると認めた場合は、適切な措置を講じ、点検・評価・改善のサイクルを回すという流れになる。
これまで、本学には大学役職者と有識者によるダイバーシティ推進委員会が設置されており、全学的なダイバーシティ推進の取組について政策検討が進められてきた。しかし、学部にはダイバーシティ推進担当を配置していなかったため、各学部に新たにダイバーシティ推進担当者(仮称)を配置し、担当者によって構成されるダイバーシティ推進連絡会(仮称)を設置する準備を進めている(2024年度開始に向けて準備中)。これは、テュービンゲン大学の、各学部にジェンダー平等担当者を配置し、その担当者によって構成されるジェンダー平等委員会を設置する「ボトムアップ型体制」を参考にしたものである。ダイバーシティ推進連絡会では、各学部の担当者が集って学部の取組や課題の共有を行うとともに、全学で取り組むべき課題が浮上した場合には、大学執行部で構成されるダイバーシティ推進委員会に上程することになる。各学部は、ダイバーシティ推進担当者を中心に、当該学部の分野や文化、推進状況に合わせて、独自のダイバーシティ戦略を各学部が主体的に策定することになる。
上記の体制とすることで、各学部におけるダイバーシティ推進の取組自体は必須としながらも、その内容は各学部が自ら考えるボトムアップ型体制を構築した。本学の風土を土台にした「多様性と自主自立を尊重したダイバーシティ推進」である。
【制度設計上の工夫】
  • 既存制度・既存リソースの活用

    新制度の設計・導入は、時間もかかる上、新たな財源も必要となることがハードルとなりがちである。そこで、本学は、今あるリソースを活用して、迅速に支援環境の改善に繋げることを検討した。

    その一つが、出産後の研究者の両立支援としての復帰支援制度である(https://doshisha-diversity.jp/return/)。出産・育児・介護により研究活動が中断した研究者(男女問わない)の研究が停滞しないように、授業・学務を減免してもらえる制度(アメリカでいうParental leave制度)である。重要なのは、授業・学務を減免するTeaching reliefの側面だけでなく、その間に研究力を維持・向上していただくために通常配分される個人研究費以外に別途研究費(半年で27万円)を支給する点である。このように書くとやや画期的に聞こえるかも知れないが、実は、同志社大学の既存の制度である国内研究員制度(専任教員が一定の期間通常の職務を離れ、国内において研究または調査に専念するための制度)の活用である。おそらく、多くの大学は、教員が一定期間、授業、学務から離れて研究に専念できる制度を有していると思われるが、その制度をライフイベント中の教員が優先的に利用できるようにしたのが本学の復帰支援制度である。

    また、本学では、本学で開催する学会・シンポジウムに支援金を支給する「学会補助金」という制度がある。一定の人数や条件を満たせば補助金が支給される学内助成であるが、2023年度からは、学会の運営においてダイバーシティに関わる事業(学会託児、情報保障など)が含まれていれば、補助金を上乗せすることとした。これも既存制度の活用といえる。

    ガバナンス改革でご紹介した本学の体制も、本学の内部質保証の自己点検評価サイクルの中に、ダイバーシティ推進の取組を組み込んだ、という意味では、既存制度の活用である。また制度ではなく、既存リソースという意味では、すでに同志社大学で開講しているダイバーシティ関連科目を整理して発信したり、総合大学ならではの多様な分野の先生方の強みを活かして、「同志社の良心とダイバーシティ」という教養科目を新規設置した。初年度(2023年度)は4,000人以上の登録者があり、注目の高さが窺える。

    新たな取組を考えることも重要であるが、是非既存制度、リソースを活用することから考えてみてはいかがだろうか。

  • ダイバーシティサーベイ

    事業期間中に民間企業(外資系)のD&I研修に参加した際に、主催企業が「20年前からエンゲージメントサーベイを実施しており、社員のエンゲージメントの可視化と経年変化の把握を継続している」との話を聞き、本学でも実施しようと考えたのがきっかけである。例えば、本学が調査をしたスタンフォード大学には「ダイバーシティ&エンゲージメント担当副学長」や「ダイバーシティ&エンゲージメント上席コンサルタント」といった肩書きがあるように、海外ではダイバーシティ推進に取り組む上で「エンゲージメント」は重要な概念となる。実際、スタンフォード大学は2021年に全教職員、学生に対してDEIサーベイを実施し、その中で構成員のスタンフォードに対するbelonging(帰属意識や所属感)を尋ねている。近年は、日本企業でも、年一回、あるいは半期(場合によっては四半期)ごとに社員のエンゲージメントを可視化するためのエンゲージメント調査を実施するところが増えてきたが、日本国内の大学において構成員の「エンゲージメント」が着目されることは今のところまだない。

    そこで実施したのが同志社大学「ダイバーシティサーベイ(ダイバーシティ推進に関するアンケート調査)」である。 

    本学では、ダイバーシティ推進とは、創立者新島襄の「人一人ハ大切ナリ」という言葉の体現にほかならず、本学の施策検討においては、それぞれの構成員が大切にされる(大切にされていると感じる)ことを目指すべきであると考えた。まず「本学が構成員を大切にしているか」という問いを立て、構成員一人一人の存在が尊重されて意思決定・活動に参画できているか(インクルージョン)や、個々の能力・貢献意欲が引き出される環境にあるか(エンゲージメントの向上)を問う設問設計とした。有期(週35時間以上勤務)・無期の教職員、合計1,426名に調査への協力を依頼した結果、職員は51.3%、教員は51.9%、全体では52.0%(741名)の高回答率を得ることができ(有効回答のみをカウント)、教職員の皆様の当調査への関心の高さを窺うことができた。

    なお、スタンフォード大学では、DEI surveyの設計・分析を担う「調査諮問委員会」を設置しており、本学でも2023年度から新たに「ダイバーシティ調査分析部会」を設置し、今後も継続して定期的にダイバーシティサーベイを実施することとなった。まだ緒に就いたばかりの本学のダイバーシティ推進が構成員一人一人の個を輝かせる施策となっているかを確かめるべく「見える化」を継続する予定である。

同志社大学各学部長・研究科長に占める女性の比率
教授に占める女性比率が16%(2021年時点)であることに鑑みると、女性リーダーへの期待が大きいとも解釈できる。

上智大学の導入事例

上智モデル

教育精神と建学の理念

他者のために、他者とともに For Others, With Others
叡智が世界をつなぐ Sophia – Bringing the World Together

上智モデルのスローガン

女性研究者支援から大学の戦略へ
-世界的枠組みと組織力の強化で大学のブランディングとプレゼンス向上へ-

【上智大学の概要・取組の背景】
上智大学は、カトリック・イエズス会を設立母体とし、1913年に男子校として設立され、1957年に初めて女子学生の編入学を認め、男女共学校となった。キリスト教ヒューマニズムに基づく隣人性と国際性を教育と研究の根幹に置き、「他者のために、他者とともに生きる人」の育成を教育精神として掲げている。現在は、9学部10研究科、1プログラムを設置し、約13,600名の学生が在籍している。
2009年度科学技術振興調整費によるプロジェクト「女性研究者支援モデル育成」の採択をうけ、グローバル社会に対応する女性研究者育成を目的として様々な研究環境を整備し、充実化を図っている。具体的には、ダイバーシティ推進室(2016年度までは男女共同参画推進室)を中心とした両立支援、キャリア形成、意識改革、次世代育成に加え、障がい者、LGBTQ、外国籍等のマイノリティの支援にも大学組織全体で取り組んでいる。その結果、女性研究者の割合が2009年の21%から2021年には36%(理工学部においても5%から21%)と増加した。
【上智大学の課題】
今回、およそ10年の研究支援活動を振り返るために、海外調査に先駆けて学内調査(意識調査及び認識度調査)を行った。分析の結果、前述のプロジェクトの採択を受け、理工学部の女性研究者割合、科研費の採択数などは順調に伸びていることが確かめられた一方で、女性研究者の上位職の割合が伸びておらず、意思決定に女性研究者が関われていないことが問題点として挙げられ、リーダー育成が急務であることが示された。また各種制度等は整備されているものの、利用に消極的な要因があることが課題として明らかになった。
【上智モデルの概要】
海外調査の対象としたタイのマヒドン大学には、上記の課題に対する好事例を求め、現地及びオンラインにて調査を行った。調査の結果、マヒドン大学の各研究者自らが職務活動の割合を設定できる業績評価制度「Performance Agreement」を用いた透明性のある管理体制と持続可能な開発目標(SDGs)を基にした大学の価値を創造することが、THEインパクトランキング及び大学のレピュテーション向上に貢献していることを見出した。
上記の海外好事例2点を本学のこれまで対応できていない課題を解決するために、管理的な要素が強い「Performance Agreement」を研究者のコミュニケーションツール「Performance Vision」として本学に取込めるよう調整、工夫を施すとともに、本学が建学の理念及び教育精神から多様性を受入れる文化であることを踏まえ、SDGsの目標5のジェンダー平等にフォーカスした戦略によって大学のブランティングとプレゼンス向上を目指す上智モデルを策定した。
【海外好事例を導入するための工夫】
上智モデルの中心となるのが、「Performance Vision」である。本学はすでに教員評価制度を導入していることから、コミュニケーションに重点をおいたソフト面を支援する仕組みとし、研究者自身の研究プラン、キャリア形成、ライフイベント等に関する不安や困り事等について所属長と相談できる機会として活用することを考えた。コミュニケーションツールとする上で重要と考えたのは、外資系企業等ですでに導入している「心理的安全性」という考え方である。いくら相談できる機会を設けても、そこで安心して話せる環境や風土が担保されなければ、課題解決の様々な制度を整えても利用にためらいが生じる。しかし心理的安全性を実現することで、制度の効果的な利用が進み、所属長は相談された内容に基づき、さらに上の所属長とも適宜情報共有し、改善や方針決定に繋げていくことができる。一連の情報や課題の共有は組織を強化する点においても有効と言える。また、マネジメント側の支援を行うことも重要であることから、管理職向けの上位職版グローバル・メンター制度では、本学の海外協定校やカトリックのネットワークを通じて経験豊かな役職者からアドバイスを受ける機会を提供し、さらにマジョリティ特権動画等では公正な判断のもとに意思決定を行うための意識改革も併せて実施する。そして、定期的に収集される統計データ等を経営層がモニタリングし、「Performance Vision」を起点としてサイクルを回すことで女性研究者の上位職登用増を促進する「女性研究者リーダー育成循環システム」を構築した。
【海外好事例の導入で目指すこと】
今回、海外の好事例から本学が構築した「Performance Vision」をコミュニケーションツールとして導入するのは、共同研究等の連携事業が推奨される一方、研究活動は個人単位で行われることが多いことが背景となっている。特に理工系においては、女性研究者が少なく、研究や環境について相談できず孤立している場面もある。
また、私立大学特有の課題としては、国立大学と比較すると教育にかかる負担が大きいため、研究との両立が難しいことがよく指摘される。さらに、昨今は論文掲載料や海外旅費の高騰により、個人でパフォーマンスを上げていくことも困難さが増しており、所属組織の協力や大学からの支援がより一層必要となってくることを踏まえ、心理的安全性が担保されたコミュニケーションが研究力の向上やイノベーションを創出する基盤になると考えた。
研究者を対象とした上位職育成の支援について、本学ではこれまであまり実施してこなかった反省を踏まえ、心理的安全性が担保された職場環境を構築するためにも、まずは役職者全体の意識改革を進めることが重要であると考えている。さらに、経営層のトップが関わらなければドラスティックな改革や大規模な方針決定には繋がっていかない。
こうした循環システムを動かすことで、研究不正の防止策のみならず研究インテグリティの向上にも繋ながることが期待でき、ひいては研究者個人と研究機関の信頼性を高めることに資するモデルとしても有効と言える。日本の研究力の低下が叫ばれている今、研究力の向上、イノベーションの創出につながる道のりを組織的に進めるしくみが一層求められることは明らかである。
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