成果報告

海外好事例

アメリカ、ドイツ、タイ、T.I.M.E.Associationへの調査を通じて得られた好事例集です。是非貴大学、学部、学科のダイバーシティ施策の参考になさってください。

アメリカ

学術界トップによる共同声明
概要 2001年1月、ジェンダー公平性についての学長ワークショップが開催され、スタンフォード大学を含む9つのアメリカのトップ研究大学“Ivy Plus”* の学長が集い、ジェンダー平等を提唱、学長ワークショップが開催された。さらに2005年には、アメリカの高等教育におけるジェンダー公平性に関する9大学の学長による共同声明(2005)が発表され、その中で「我々が今日再確認するその声明は、科学や工学だけでなく、高等教育全体の学術分野においても、女性の完全な参加を阻む障壁が依然存在していることを認識するものである」「研究大学の目標はすべての教員が最高レベルの学問的成果をあげ、生産性を最大限に高めるために、教員の人事政策、組織のリソース、家族の関与を支援する文化を継続的に発展させていくことが不可欠であり、すべての教員に公平で生産的なキャリアパスを提供できるか否かが将来の卓越性を左右する」と明言した。このインパクトは大きく、女性の地位についての危機感も加わり、ジェンダー公平性は全米で一層取り組まれることになった。
効果 大学のトップが連携し、ダイバーシティ推進に関する共同声明を発信することで、アカデミア全体、ひいては、社会全体の機運を高めることに貢献できる。

*アイビー・プラス(Ivy plus):アメリカの私立大学のアイビーリーグ8校に幾つかの高等教育機関を加えた集団の総称。アイビーリーグ8校(ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ハーバード大学、プリンストン大学、ペンシルベニア大学、イェール大学、デューク大学)。プラス例としては、同様に研究大学として高いレベルの高等教育機関(マサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学、シカゴ大学、カリフォルニア大学バークレー校など)が挙げられる。

サイロを超えた大学協働
概要 2005年の学長声明を契機にIvy Plus大学が連携し、情報共有することを約束し、各機関の「サイロを越えて」人事、雇用担当者が、このIvy Plusネットワークの一環として定期的に会議を開催し、現在に至るまで継続的にジェンダー公平性に取り組んでいる。ジェンダー公平性への危機感から全米大学協会(AAU)や米国教育協会(ACE)にも波及し、全米での推進に展開している。
効果 複数機関が連携し情報共有することで、推進が一組織だけで閉じるのではなく、ネットワーク全体として向上するだけでなく、広く他組織、他団体にも波及が期待できる。
ライフイベント中の学務・授業減免(Teaching relief、Parental leave、Family leave)
概要 アメリカでは日本のように育児休業等の制度が法的に定められていないため、各大学の「休業ポリシー」に従って、独自の支援制度が整備されている。例えば、Parental leaveやFamily leaveは、出産後や介護中の教員が、授業バイアウトによって授業を減免してもらい休暇を取得できる。日本の育児休業や介護休業と似ているが、ライフイベントのために仕事を「休む」というよりは、仕事とライフイベントを両立させるために一定期間授業を免除されるTeaching relief制度。また、子を持つ教員の場合、男女かかわらずテニュアクロック(テニュア審査までの期間)を延長することでテニュア審査を受けることができる。
効果 私立大学の教員は、国立大学に比べて、教学、学務の負担が大きく、ともすれば、ライフイベント中は、研究に割ける時間が圧迫されてしまう。出産後、一定期間、教学、学務を軽減、免除することで研究時間を確保でき、研究力の維持・向上が期待できる。
ダイバーシティプログラムのポイント
概要 ダイバーシティ政策や差別の心理学等で著名なハーバード大学フランク・ドビン教授によると、教員のダイバーシティプログラムには効果的なものとそうでないものがあると言う。非効果的なプログラムとしては、「ダイバーシティ研修・ハラスメント研修」等のコントロールするプログラムや罰を与える「苦情相談手順(grievance procedures)」があげられる。政策としては、構成員にプラスに働くとしても、制裁的な側面も併せ持つ、という意味で「飴と鞭」とドビン教授は表現する。
他方、ドビン教授は、効果的なプログラムとして、説明責任、エンゲージメント、ワークライフをキーワードとして挙げている。
①説明責任(accountability)
各学部には採用・定着(離職・転職せずに定着して働き続けること)に関して説明責任がある。そのため、ダイバーシティ担当者・部門を設置している。採用や昇進時の説明責任を果たす方策として、「応募者集団評価」「スタートアップ・パッケージ評価」「滞留年数評価」等がある。
②エンゲージメント(engagement)
エンゲージメントとは、職場に対する帰属意識や信頼、思い入れといった内的な関与を意味する。エンゲージメントを高める施策としては、ダイバーシティ・タスクフォースとメンタリング・プログラムが効果的とされる。ダイバーシティ・タスクフォースとは、ダイバーシティ関連の諸課題に取り組む委員会のこと。通常、各部門長(学部長、学科長、所長等)で構成され、その課題について協議する。メンタリング・プログラムは日本でもメンター制度として導入が進んでいる。
海外では、ダイバーシティ推進を考える上でエンゲージメントは重要なキーワードであり、近年日本の企業でもエンゲージメントの概念が浸透している。しかし、日本のアカデミアにおいては今のところエンゲージメントの概念は注目されてはいない。
③ワークライフ(work-life)
大学では、例えば、共働き夫婦が同じ職場(あるいは近隣)で仕事に付けるパートナー赴任の手助けとなる「帯同雇用制度(Dual-Career Resources/ partner location, partner job-search aid)」が浸透している(日本でも一部導入が始まっている)。また、子育て中の教員に授業軽減(Teaching relief)、出産後の女性教員にテニュア延長(tenure extension)=テニュアクロック(テニュア審査までの期間)延長や育児手当、保育支援などがある。

フランク・ドビン(Frank Dobbin)教授
ハーバード大学社会学部教授、ヘンリー・フォードII世社会科学教授、SCANCOR/国際関係学ウェザーヘッド・イニシアティブ所長。膨大なデータに基づいてダイバーシティ施策の中で有効なものとそうでないものをエビデンスに基づいて解説した著書・論文は、アカデミアのみならず企業にも強いインパクトを与えている。
https://scholar.harvard.edu/dobbin/home

効果 ダイバーシティに関する制度設計、啓発事業においては、強制的なプログラムは逆効果であることを念頭に置き、3つのポイントを押さえることで効果をもたらすことが可能となる。
  • 説明責任:説明責任を果たすことで透明性が担保されるだけではなく、各組織(学部)の動向を監査し、取組によってもたらされた効果の検証が可能となる。
  • エンゲージメント:(本調査では、日本の研究者がアメリカ・ドイツに比べてエンゲージメントが低いことが示されたため)支援環境整備のようなハード面だけではなく、心理的な働きやすさに資するソフト面の施策をすることでハード・ソフトの両面から「働きやすさ」の向上が見込める。
  • ワークライフ:日本では、「休む」ための制度は浸透しているが「両立する」ための制度はまだまだ整備されていない。ワークとライフを両立するための制度の拡充と、職場の理解文化の醸成を行うことで「両立する」ことが可能となる。
スタートアップパッケージ評価
概要 「スタートアップ・パッケージ」とは、教員職採用時、または新しい職への異動時に、研究者に与えられる資金とその他のリソース一式のこと。研究室やオフィスのスペース、設備、給与、管理支援が含まれる。スタートアップ・パッケージについて交渉することはアメリカのアカデミアでは一般的であるが、「スタートアップ・パッケージ評価」では、そのスタートアップ・パッケージの内容が客観的にみて公平かどうかという公平性が評価される。評価は通常学部長や研究科長が行う。
効果 スタートアップ・パッケージが大きければ研究の幅が広がり、より多くの発見、助成金、出版物、評価につながりやすく、小さければ成果も伸びにくいため、重要なキャリアへ影響する。採用時に得られる条件のリソース提供についてはジェンダー格差がみられることも指摘されているため、表に出にくかった隠れた格差を是正し、公平性を担保するためのスタートアップ・パッケージ評価には、キャリア形成の公正な基盤を築く上で効果がある。
滞留年数評価(Review of Time in Rank)
概要 多くの大学では特に女性教員を対象として滞留年数評価を行っている。各職位に留まる期間が妥当かを評価する。女性教員などが必要以上に長期間、非テニュア教員や正教授ではない職で立ち往生しないようにするための評価。評価により是正すべき点があれば、必要な任命・人員手配に責任のある部門長(学部長・学科長)が、助言や研究の奨励を行う。
効果 女性が各職位に留まる期間を男性の場合と比較して平等化する効果がある。女性が取り残され妥当な速さで昇進していない場合には、是正を試みる。たとえば育児などの家庭生活要因によって研究時間が確保できていなければ、当該教員に対して授業バイアウトなどの利用により研究時間を確保するよう促したり、男性と同等の研究成果があるのに昇進できていないのであれば、そのバイアスが生じている理由を確定して解決するよう務めるなどの効果がある。日本にもライフイベントによって研究時間が確保できず昇進が遅れている研究者は少なくないため、導入が期待できる。
応募者集団評価(Applicant Pool Evaluation)
概要 各学部の採用で、女性候補者がいる場合、実際に女性の採用面接が行われているかどうかを各学部の指導部が評価する。誰が応募し、誰を面接したいかについての調査を行う。面接が可能になる前に、何故その人たちを選んだのか、何故応募者集団にいた他の人材を選ばなかったのかを精査する。たとえば、応募者の中には女性がいたにもかかわらず、面接段階では男性しか面接されていない場合があれば、面接選考にも女性を呼んでいるかを確かめる。
効果 女性や有色人種の履歴書が過小評価・軽視されたりするケースが多くあるため、早い段階でマイノリティにあたる応募者が軽視されることを未然に防ぐ効果がある。また、説明責任を果たすことができる。日本の大学であれば、二次選考に進んだ者のリストが教授会に出され、人事委員会から二次選考に進んだ候補者の選考基準や理由について説明がなされるケースもあるが、この段階では通常最終候補者以外の有力候補が「なぜ選ばれなかったか」について必ずしも説明されるとは限らない。従って、応募者集団評価の効果としては、面接以前の段階で「除外された理由」を精査して説明責任を果たすことができ、もし軽視された部分があれば、最終段階に至る前に是正できる効果がある。また、「除外された理由」について説明責任を求めることで、選考者自身の中にある無意識バイアスへの気づきを促すことにも繋がると考えられる。
増加採用制度(Incremental Programs)
概要 target of opportunity programsとも呼ばれる採用方法。例えば、女性が少ない学部でSTEM分野などの女性教員を特定して応募することで、 その時期に追加的な人材を学部にかかる内部費用なしで雇用できるという採用制度である。
効果 通常、学部・研究科において対象とされていなかった分野に在籍するより多くの女性を採用できる。これにより、短期間で多くの女性教員を採用することができ、追加的なリソースによって、実際に違いを生み出すことが可能となる。近年日本国内(国立大学)でも増加採用制度が行われるようになってきている。
自大学の状況の見える化と調査組織の設置
概要 スタンフォード大学では、2019年からダイバーシティ推進の担当部署であるIDEAL (Inclusion, Diversity, and Equity in a Learning Environment)を設置し、大学全体としてダイバーシティの目標を共有して、目標達成の進捗をモニターしている。また、2021年にはダイバーシティに関する調査(DEI survey)を実施するための調査諮問委員会(Survey Advisory Committee)を設置し、その定量的・定性的分析の結果を公表して、構成員の意識やニーズ、差別に関わる実態把握と可視化を行いる。
効果 日本の私立大学では、ジェンダー統計すらままならない大学が少なくない。まずは、調査実施のためのチームを結成し、自大学のデータに基づく状況把握が第一歩。また、スタンフォードのDEI surveyでは、構成員(教職員、学生)のエンゲージメントに関わる項目も含まれている。エンゲージメントや問題意識、ニーズなどの掬い取りとその経年変化の把握には、調査が必要。

ドイツ

補助金・競争的資金の応募条件、評価ポイントにダイバーシティ項目を設定
概要 ドイツでは大学における男女共同参画・ジェンダー平等推進に関する取り組みは法律で義務付けられており、政府からの資金援助や第三者資金・研究資金の額は、その義務の達成基準に結びついている(大学でのジェンダー平等施策の取組状況や、補助金応募の際の実施者に占める女性研究者割合など、基準を満たしていなければ応募すらできない)。女性研究者・教授の割合を増やすための取り組みがないと資金がもらえない(巨額な補助金を失う)ので、ジェンダー平等施策は強いインセンティブとなる。

ドイツの大学の収入の約16%(2017年当時)は外部資金であり、その三分の一はDFG(ドイツ研究振興協会)が担っている。同協会は大学にとって最大の外部資金提供者となっている。

効果 日本の国立大学では、運営費交付金の配分指標にダイバーシティ推進が盛り込まれているため、女性研究者支援事業への取組は、ほぼ必須といえる。他方、ここ数年は私大向け補助金の応募条件や評価ポイントに、ダイバーシティの取組に関する項目が盛り込まれるようになったものの、私立大学の総予算に占める国からの補助金の割合は、国立大学の運営費交付金のそれに比べて小さく、国立大学ほどのの影響力があるとはいえない(ただし、これらの条件や評価ポイントの効果は少なくはない)。つまり、国からの補助金、補助事業、大型研究費、民間の競争的資金にダイバーシティに関わる項目を設定し、私大がダイバーシティ推進に取り組む強いインセンティブとなるような強い条件を課すことが、金銭的なインセンティブから対策を講じることになる。
ダイバーシティ監査(Diversity Audit)
概要 NPO「ドイツ研究財団連盟」が実施している、大学全体にダイバーシティに配慮した文化を醸成し、学術、大学教育および研究を充実させることを意図して設立された監査制度。監査は2年に及び、大学の「内部監査プロセス」と、他大学と交流する「ダイバーシティ・フォーラム」の二本立てで実施される。
NPOに認可されたダイバーシティの専門家(約10名)は、監査対象となる(参加希望)大学へ定期的に訪問し、大学のダイバーシティ担当者・教員・執行部等とワークショップを行いダイバーシティ戦略立案や施策策定をサポートする。内部監査と並行し、監査対象となる大学間の交流「ダイバーシティ・フォーラム」も数回行われる。開催されるフォーラムの焦点やテーマは、決まったアジェンダに基づくものではなく、参加大学との協議により決定されるため、大学の様々なプロフィール・戦略に対して異なるアプローチを行うため、各大学に適した対応策となる。更に、フォーラムでの議論の結果や示唆は、内部監査にフィードバックされ共有される。監査はおよそ2年実施され、監査終了後、認定証「Vielfalt gestalten」(Shaping Diversity)が授与される。認定証の有効期限は3年間であり、更新の際には、再監査が必要となる。

テュービンゲン大学の学長室入り口にはダイバーシティ監査の認証マークが掲げられており、ダイバーシティ推進が大学の最重点課題であることを明示している。

効果 ダイバーシティ監査は、外部機関によるダイバーシティ基準をどの程度満たしているかというチェックではなく、大学独自のダイバーシティ戦略の作成・実施に活用されている点が特徴的である。ダイバーシティには「定型の青写真」がないため、各大学は自らの目標を設定し、そこへ至る道のりを見いだす必要がある。ダイバーシティ監査の終了時に大学が手にする認定証は、「ダイバーシティ規格」の遵守を証明するものではなく、大学が懸命にその組織開発プロセスを進めた姿勢を認めるものである。
画一的なアクションプランに基づくチェックではなく、各大学が「自らの目標を設定し、そこへ至る道のりを見いだす」という取り組み自体を「認定」するという制度であることから、私立大学の多様性と自立性を尊重しながら、各大学のダイバーシティ施策の推進に極めて親和性が高い考え方といえる。
ダイバーシティ推進のための組織体制の整備
(学部レベルでジェンダー平等・ダイバーシティ担当者と委員会の設置によるボトムアップ型体制)
概要 学内の各学部にジェンダー平等・ダイバーシティ担当委員を配置(選出)し、すべての採用・昇進手続きに関与し、学部のジェンダー平等・両立・ダイバーシティに関する目標、戦略、施策を策定、結果の検証、実施を担う。相談窓口としても機能し、学部の取り組みのための予算も管理している。各学部のジェンダー平等委員は、年に1〜2回集まって委員会を開催し、各学部の取組についての報告や戦略について情報共有を行う。ジェンダー平等担当委員は授業が1コマ軽減される。
効果 各学部にジェンダー平等・ダイバーシティ担当委員を配置し、人事、戦略、相談窓口の担当を担い、全学委員会にて情報共有を行うことでシステマティックにジェンダー平等施策が推進できる。また、委員が、人事に必ず関与することで、女性、外国人、障がい者などが選考過程で十分な配慮や優遇措置があるかを、ジェンダー平等担当者が直接確認することができる。さらに、各学部がジェンダー平等(ダイバーシティ担当)委員を中心に、それぞれの学部の分野や組織文化を勘案しながら自らダイバーシティ施策を策定することで、大学の教員の意識改革にボトムアップ的に貢献し、学部に合った施策を展開・実行できる。
人事・選考委員会に対するジェンダー・バイアスまたはダイバーシティ研修の義務化
概要 人事・選考委員会の業務を専門化するために、ジェンダー・バイアス研修及びダイバーシティ研修を実施し、すべての選考委員会のメンバーがジェンダー・バイアス研修を受けるように学長室が定期的に告知している。(多くの大学には参加義務があるが、テュービンゲン大学では義務化が検討されている。)
効果 採用・昇任に関わっている教員の意識向上に繋がる。人事におけるアンコンシャスバイアス及び差別を減らすことができる。
カスケードメンタリング
概要 メンター制度自体は近年よく知られているが、テュービンゲン大学のメンタリングシステムでは、カスケード原則(一つ前の段階の女性比率と同等の比率を達成することを目標)に従って、女子学生や研究者は次の上位資格レベルの女性(学部生なら大学院生、大学院生ならポスドクや助手・助教、助手・助教なら准教授等)によってコーチングされる。学部生から教授まで、あらゆる資格グループを対象としている。このプログラムは、通常、参加者がメンターとメンティーの両方の立場を経験できるように設計されている。ただし、メンティー、メンターのみの登録も可能である。指導は、必要に応じて、ペアまたはグループで行われる。このプログラムには、ワークショップ、ネットワークミーティング、メンターのトレーニングプログラムも含まれている。メンターとメンティーは、メンタリングにどれだけの時間を割くことができるかを自分で決めることができる。
メンタリングは、女性やトランス、インター、ノンバイナリーなどのセクシャルマイノリティを対象としている。大学のジェンダー平等室が調整し、資金を提供し、各学部ジェンダー平等委員会が学部のニーズに合わせてアレンジしている。
メンターにはクレジットポイントが付与され、教員の場合はポイントに応じて担当コマ数の減免、学生の場合は成績に加算される。
テュービンゲン大学数学理科学部ではメンタリングに60人を超える申込があり、当制度への期待と関心の高さが窺える。なお、現在クレジットポイント制度は数学理科学部のみで実施されており、他学部への導入は現在(2022年度現在)検討中である。
効果 「カスケードメンタリング」により、科学分野でのキャリア(修士号、博士号、ポストドクター、教授職)または科学分野以外でのキャリアへの道において、女性が次のステップに進むことを奨励し、キャリアパスの各ステージにおいて、女性が脱落していく水漏れパイプ現象の防止に貢献できる。
メンターに教育・研究上の相談、家庭生活と研究の両立や個人的な生活上の悩みなど、さまざまな相談ができるが、年齢・キャリアレベルが近いので、はるかに離れた年齢の人よりも相談しやすく、メンターが自分にとって近い未来のロールモデルにもなる。
先輩から非公式かつ主観的な情報を聞けるため、学生にも研究者にも非常に好評であり、重要なのは、専門知識の継承ではなく、ネットワークに関する情報や、ジェンダーに特化した不都合な状況にどう対処するかなど、ネットワーク作りや意見交換が中心となっている点である。プログラム自体には、コストがあまりかからないため、肯定的な評価を得ている。
メンター制度は日本の大学ですでに導入されているが、カスケード原則に沿ったモデル、またクレジットポイントがもらえるという制度はあまり見られない。クレジットについては、学生の場合は、アカデミッククレジット(単位)、教員の場合は授業担当時間の減免に反映され、相応の対価を得られる点も参考にできる。
ファインディングコミッション(Findungskommission)の設置
概要 日本では、そもそもSTEM領域をはじめとして女性応募者が少ないために、適任者を選考することが困難なケースが少なくない。そこで、女性応募者を増加させるための施策として、公募の内容が最終的にまとまる前に、ファインディングコミッション(Findungskommission)を設置する。委員会は、全世界の(少なくとも欧州圏の)候補者をスクリーニングし、資格があり、任命可能性のある女性候補者のリストを作成する。公募公開時点で、リストアップされた候補者に学部長が文書もしくは電話によって応募候補者に応募を働きかける(この際、保証できない期待を抱かせないように留意)。委員会メンバーは、各学部のジェンダー平等担当者、関連する専門知識を持ち、候補となる応募者集団を広く見渡せ、任用委員会に最適な情報フローをもたらすことのできるメンバーで構成される。
なお、性別問わず国際的に活躍する研究者の採用にも活用できるのではないかとの意見もあったが、リストに再び男性が多数を占めるようになる懸念もあり、リストには、女性研究者だけを記載している。
効果 委員会は、採用の可能性があり、適任と思われる女性研究者をできるだけ多く候補者としてリストアップし、彼らに応募を働きかけることで、女性研究者の応募を促す効果がある。応募者候補の枠が広がることで、当該学部にとって最適な研究者を性別にかかわらず獲得するチャンスが高まる。また、広く全世界、少なくとも欧州全体を見渡して候補者をリストアップすることにより、採用戦略の国際化にも貢献できる。また、意図的な働きかけによって女性が応募する頻度が高まることにより、競争力志向の任用戦略を追求できるという点でも効果がある。
子どものいる女性のハンディキャップ調整(Nachteilsausgleich)
概要 応募者には、子ども1人につき2年分の育児時間(育児休暇を取得したかどうか、またはその期間を問わない)を研究業績に換算する。例えば、仮に男性の応募者が10年間で40件の論文を発表したとする。それに対して、子どものいる女性が10年間で30件の論文を出したとしたら、10年中2年を妊娠出産のための「ハンディ」とし、2年分の育児時間を差し引いた8年で30件の論文発表をしたものと見なし、業績数を調整するというもの。
子どものいる男性応募者が、この補償を希望する場合は、男性育児休暇(ドイツでは、「両親時間(Elternzeit)」と呼ぶ)の取得期間を証明する必要がある。なお、現在テュービンゲン大学では、ハンディキャップ調整を行うかどうかは、各学部に委ねられている。
効果 出産、育児によって当該期間の研究業績が停滞してしまった研究者に対して、男女問わず配慮がなされることにより、昇進や給与への影響が軽減される。
ファミリー主流化の枠組みで継続的な家族にやさしい組織の強化・構築
概要 学術・仕事・修学と家庭を両立しやすくする施策の組み込みの始動および支援、また、「家族にやさしい大学」監査*の実施に向けて、学長室が「ファミリー室(Family office)」を設置。大学のジェンダー平等担当者の配下に置かれており、ジェンダー平等室と密接に連携し、中央機関および学部執行部と共に活動し、大学構成員の家庭との両立に関する連絡窓口となっている。
ファミリー室は現在、相談や情報提供を幅広く手掛けるほか(ホームページおよび対面)、家族をケアする必要がある人への差別の排除を目指し、広報活動および大学全体の意識向上の強化に取り組んでいる。8年前から主催している、介護をテーマする実践志向の講演会(予防、認知症などについて)も、当初は参加者が少なかったが、最近は満席で参加者の約20%が男性となっている。

「家族にやさしい大学」監査は、berufundfamilie社が実施している監査。監査を通過すると「家族にやさしい大学」の認定証が受けられる。この監査プロセスにおいて、大学における家族志向の変革プロセスを促進する「触媒」として機能し、大学トップ層のコミットメントが保証される。(画像は、テュービンゲン大学ファミリー室のパンフレット)

効果 単なる制度設計だけではなく、制度が利用しやすいようにサポートしたり、大学全体の意識啓発にも貢献し、理解文化の醸成に繋がる。

タイ

徹底したメリトクラシーとPerformance Agreementによる効果的で透明性のある管理体制
概要 マヒドン大学の業績評価制度「Performance Agreement(PA)」において、各教員は5つの職務活動の割合(①教育、②研究、③学務、④CSR、⑤管理業務を含むその他の業務)を6か月または1年間の評価期間が始まる前に設定し、所属長に申告する。教育、論文数、研究費などの項目において学科・学部ごとに最低限の基準が定められており、その基準を満たすことが求められている。PAには職員用、一般教員用、管理職用(Chair of the Program、Assistant Dean、Deputy Dean)の3種類がある。また、学部長は他の管理職とは異なり、学長とPAを行うので、マヒドン大学ではPA制度を通して学内の各レベルでアウトプットとアウトカムをモニターしていると言える。

PAは自治大学化以降に導入されたマヒドン大学における業績評価制度である

効果 日本の教員評価制度については国立大学ではすでに多くの実績がある一方で、私立大学では一部の大学のみの導入に留まっている。徹底したメリトクラシーに基づく制度をそのまま導入することは難しいと思われるが、各研究者のパフォーマンスを事前申告することはキャリア形成をライフプランとも結びつけて考えるきっかけになることや、所属長が次世代育成に積極的に関与していくといった組織的なメリットにも大変有効と言える。また、特に個人のパフォーマンス頼りでは立ち行かなくなっている日本の研究環境からの刷新という点においても、研究者から意思決定層までが組織としてひとつながりになっている仕組みは大学全体の方針や組織活動における重点事項の共有化や連携の意志統一に期待ができる。
持続可能な開発目標(SDGs)を基にした大学の価値の創造
概要 研究環境におけるジェンダー平等を実現するために社会的投資責任、社会的インパクト投資、ESG投資等の視点を取り入れており、国際的な開発目標を基にした大学の価値を創造している。 例えば、各学部のウェブサイトにはSDGs17の目標に関する活動の情報が掲載されており、 多くの学部がジェンダー平等に関する活動を優先していることが分かる。また、学部長のPerformance Agreementにおいて、学部全体のKey Performance IndicatorにSDGsが含まれている。学部単位でSDGsの目標に関する活動を把握し情報発信することで、インパクトランキング向上につながり、ひいては大学のレピュテーション向上に貢献している。

各学部のウェブサイトには、ジェンダー平等を含むSDGs17の目標に関する活動の情報が掲載されている

効果 大学がSDGsに取り組む様々な理由には「大学の研究がイノベーションや新事業創出を目指す国・自治体や企業から注目されている(産学官連携)」「SDGsが現代の大学生世代のニーズに合っている」などがある。日本でもインパクトランキングにおいて上位の実績を上げている大学もあるが、SDGsの目標5(ジェンダー平等)に関しては、世界との格差が大きい。タイは未だ固定的な性別役割分担意識が根づいている文化や慣習もある中で、研究大学としてジェンダー平等の実現に向け、単に教員数や学生数だけにとどまらず総合的な戦略として打ち出している点は、大学の価値向上に大いに役立つ。
若手研究者の上位職登用
概要 マヒドン大学では女性の副学長、学部長、コース長が多数存在しており、その背景には年齢や性別、教員としての職位に関わらず適性を重視した管理職への登用制度及びリーダーシップトレーニングプログラムがある。積極的に若手研究者を管理職に登用しており、マネジメント能力が認められれば誰でも管理職に就くことができるため、管理職を目指す若手研究者に対して広く門戸が開かれていると言える。また、管理業務はPerformance Agreement に対する評価を受ける際にポイントが加算されるため、各教員へのインセンティブとなり得る。
効果 日本の大学の課題のひとつとして、若手及び女性の上位職登用の遅れがある。その対策として、多くの大学が、様々な施策の実施を始めているが、まだ十分と言える状況ではない。そのような現状の中、マヒドン大学のPerformance Agreementに基づいた役職登用は、実績をあげていることからも注目すべき施策であると思われる。しかしながら、マヒドン大学の場合は教授が全体の4%しかいないという事情も大きいことからすると、日本で職位に関係なく役職任用をすることは、上位職位者への遠慮や組織内の影響力の違いなどから来る精神的負担がかかりすぎる問題もあるので、プロジェクト等のテンポラリーなまとめ役に積極的に登用することから始め、その過程の中で適性の確認やステップアップにつながるキャリアパスを構築できるという効果が期待できる。
研究力向上のためのインセンティブ
概要 マヒドン大学は研究集約型の大学のため、研究が重視されており、研究助成金や論文掲載に対する報酬がある。例えば、インパクトファクターの高いトップジャーナル(各分野のQ1(上位25%)ジャーナル)に掲載されると金銭的報酬がある。その他、海外協定校からゲストスピーカーを招聘し、研究(特にQ1ジャーナルへの論文出版)に関するワークショップを行い、国際共同研究を促進している。また、タイ語で研究を行っている教員もいるため、英文の学術雑誌に論文を投稿する際には翻訳・校閲費用を助成する制度も導入されている。
効果 大学や個人の研究力の向上には、研究助成金や論文掲載、研究会実施などに関する補助は大変有効である。日本でも各大学において独自の研究助成や補助を実施しているが、直近の問題としては論文掲載料や学会に参加する旅費の高騰により研究発信がしにくいことから、個人だけの努力で研究力を上げていくには限界があり、大学の積極的な関与が求められる。
産学連携
概要 特にSTEM分野は産業界と連携して研究を行うことが重視されており、取組例として、教員と学生が大学に籍を置きながら一定期間企業で働くことができる「Mobility Program」と言うプログラムがある。また、マヒドン大学Faculty of Graduate Studies(大学院のプログラムを管轄する部署)の新たな全学的な方針として、当大学に在籍する全ての大学院生が海外で最低一か月インターンシップを行うことが義務化された。このプログラムを通して大学院生は企業や他機関と連携することを学ぶ。
効果 産官学連携は、企業にとって、自社にはない外部資源を活用できる点、一方、大学などの研究機関には、研究を進めるうえで、消費者や企業のニーズを的確に捉えることができるといったメリットがある。更には、国や自治体にとっては、新たな産業の創出や雇用の創出、地域の活性化といったメリットもある。
学生の視点からは、日本の大学院充足率の伸び悩みや博士課程進学への躊躇は、その先のキャリアパスが描けるかによるところが大きい。インターンシップの在り方は検討の過渡期ではあるが、在学中から学生の専門性が活かせる実感を得られる機会提供は、長期的に見れば研究者の育成に貢献すると考える。
教職員の子どもを受け入れる組織文化
概要 学内の組織が育児支援のサービスを提供しており、National Institute for Child and Family Development付属の託児所ではマヒドン大学の教員の子どもが優先的に入所できる。その他、医学部附属の託児所Siriraj Daycareでも教職員の子どもを受け入れている。また、キャンパス内に子ども用のスペースもあり、学校が休み期間中の子どもを教職員が大学に連れてくることに対して大学の構成員は寛容である。

キャンパス内にNational Institute for Child and Family Development附属の託児所(教員優先)がある

効果 ダイバーシティ推進において、育児支援の中でもインフラとしての保育所や託児所の設置は、教職員及び学生がワーク・ライフ・バランスを担保するためには有効であることは言うまでもないが、更には子ども用スペースの設置はより柔軟な年齢に対応する受け皿として長期的な支援につながる。設置にあたっては、大学の立地状況や通勤事情等に応じた支援の在り方を検討することがより効果的であろう。
ハラスメント対策・多様性への取り組み
概要 ジェンダー平等に関するあらゆる活動を支援している。例えば、UN Womenと共同で「HeForShe University Tour Bringing Gender Equality to Your Campus」と言うイベントを開催し、毎年11月は「女性および子どもに対する暴力撤廃の月」として、セクシュアルハラスメントに関する啓発活動「I CAN SAY」を実施している。このような啓発活動を通して、マヒドン大学はハラスメント被害について報告する手段を提供している。また、キャンパス内にはジェンダー・ニュートラルなトイレが設置されており、2021年にはLGBTQの学生がそれぞれの性自認によって着用する制服を自由に選ベル方針が発表された。このような取組から、マヒドン大学では女性差別や性的マイノリティへの対応が行われていることがわかる。

セクシャルハラスメントに関する啓発活動「I CAN SAY」が行われている

効果 日本はセクシュアルハラスメントから大学の対策が始まったが、未だハラスメントのニュースがしばしば取り上げられることからも対応の難しさに課題があることは否めない。また、新たな種類のハラスメントに加え、SOGIEや人種差別の関心が高まる中で、さらなる大学の対応が急がれている。少子化が進み、特に私立大学にとっては志願者数の確保が最重要課題となっており、日本人の志願者のみならず、留学生にとっても、これらの対策が講じられていることは進路選択の一助になる。また、教員採用の公募においても同様のことが言える。安心安全な大学であることは、大学の生き残り戦略としても重要なファクターである。
大学院生への研究・キャリア支援
概要 学長室Division of Planning管轄の博士課程の学生向けの奨学金がある。奨学金の受給条件を満たしている学生には年度毎に欧米大学並みの高額の支援がされる。受給者はフルタイムで大学に通い、研究および自己研鑽に専念することが可能になり、国際共同研究等の経験を積むことで研究者としてのキャリア形成に必要なスキルを得ることができる。その他、大学院生の国際共同研究を促進する取り組みとして、ダブル・ディグリー制度や博士課程の学生が海外協定校のゼミに参加することができる制度がある。
効果 博士課程への進学を促すためには、奨学金制度のような経済支援は大変有効である。現在、日本でも国や大学から様々な支援が行われており、次世代研究者挑戦的研究プログラム(JST)、大学フェローシップ創設事業(JST)、授業料免除制度(各大学)、特別研究員制度(JSPS)、特に優れた業績による返還免除制度( JASSO)などがあるが、十分とは言えない。研究に専念できる給付額の支援は進学率の向上だけでなく、共同研究等からキャリア形成にもつながり、世界と伍する研究者の育成という長期の視点は研究力が低下している日本の課題解決の一歩となる。

T.I.M.E.Association

自大学の状況の見える化(transparency)
概要 大学が実施すべきアクションとして、まずは自大学のジェンダー平等に関する「見える化」が必要。その上で、当該大学における課題の抽出、目標設定、状況に応じた改善へと進むことができる。まずはジェンダー統計をはじめとする自大学の状況の「見える化」から始まる。

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女性研究者支援環境の整備状況にもとづく54大学のプロット図。同志社大学の現状(他大学との相対的な位置関係)を「見える化」することによって、大学執行部に危機意識が芽生えた。

効果 状況をデータ等に基づいて可視化することにより、自大学が置かれている状況を「見える化」し、それが、大学トップ層の意識改革(ダイバーシティ推進政策への関心)に繋がる。女性研究者支援のスタートはまずジェンダー統計(自組織の状況把握)からといわれるが、本事業の調査結果から、日本の私立大学の多くがジェンダー統計すらままならない状況であることがわかった。
ダイバーシティ・無意識バイアスに関わる教育・啓発プログラムの実施
概要 T.I.M.E. Associationに対する調査では、(本調査に回答いただけた)T.I.M.E.加盟大学のうち75%が「無意識バイアス」に関する研修や授業を実施していると回答。また、海外では「equality」や「diversity」に関する教育プログラムが実施されているケースも少なくない。
他方、ダイバーシティネットワークが実施した調査(2019年実施)では、「無意識バイアス」に関する研修や授業の実施は、日本の大学全体の24%、私立大学では15%に過ぎない。日本のデータが少し古いとは言え、制度設計・環境整備だけではなく、それらの制度や環境がスムースに活用できる理解文化を醸成するためのダイバーシティや無意識バイアスをテーマとした研修や教育の実施が急務といえる。

日本では無意識バイアスに関する研修・授業の実施率が低い。研修や授業を通して概念の普及が必要。

効果 支援を必要としている当事者だけではなく、全ての構成員にとって自分事として捉えてもらえるための意識啓発に寄与できる。
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