成果報告

海外調査報告

女性研究者を取り巻く課題の解決に資する海外好事例を入手するために、アメリカ(ハーバード大学・スタンフォード大学)、ドイツ(テュービンゲン大学)、タイ(マヒドン大学)の調査を行いました。日本との文化的背景の違いを目の当たりにするとともに、制度設計や制度利用当事者へのヒアリングやアンケート調査を通じて、貴重な情報を入手することができました。詳細は各調査報告(PDF)をご覧下さい。

1 海外調査

アメリカ(ハーバード大学・スタンフォード大学)

学術界トップの共同声明を契機とした全土への波及

アメリカの女性研究者の状況改善には、「学術界トップによる共同声明」が契機となり、その後「サイロを超えた」ジェンダー公平性への取組がアメリカ全土へと波及していったことがわかりました。ダイバーシティプログラムを実施する上では「Control」や「Punishment」の側面のあるものは非効果的であり、「Accountability(説明責任)」「Engagement(エンゲージメント)」「Work-Life(ワークライフ)」の視点を盛り込むことが重要であることがわかりました。

また、アメリカは日本のように法律で「育児休暇」の制度が整備されていないため、各組織(大学)で独自のライフイベントと研究を両立させるための制度が整備されており、日本でも導入されている制度(例えば「帯同雇用制度(Dual-Career Resources)」やメンタープログラムなど)の他にも、「滞留年数評価(Review of Time in Rank)」「授業軽減(Teaching relief)」などの取組が多数なされていることもわかりました。
スタンフォード大学では、2019年からダイバーシティ推進の担当部署であるIDEAL (Inclusion, Diversity, and Equity in a Learning Environment)を設置し、大学全体としてダイバーシティの目標を共有して、目標達成の進捗をモニタしています。また、2021年にはダイバーシティに関する調査(DEI survey)を実施するための調査諮問委員会(Survey Advisory Committee)を設置し、その定量的・定性的分析の結果を公表して、構成員の意識やニーズ、差別に関わる実態把握と可視化を行っています。

ドイツ(テュービンゲン大学)

大学の義務としてのジェンダー平等推進

ドイツでは、大学における男女共同参画・ジェンダー平等推進に関する取り組みが法律で義務付けられているとともに、競争的資金の額が、その義務の達成基準にもとづいており、大学がダイバーシティ推進(ジェンダー平等施策)に取り組むこと自体に極めて強インセンティブが働くことがわかりました。また、「ドイツ科学助成財団連盟」が主催している「ダイバーシティ監査(Diversity Audit)」は2年もの歳月をかけて、監査員と大学のダイバーシティ担当者・教員・執行部等とがワークショップを開催しながら、ダイバーシティ戦略立案や施策策定を行います。この監査における重要な点は、外部規定されたダイバーシティ基準の目標数値を確認することにあるのではなく、大学の特性や伝統に合わせた、大学独自のダイバーシティ促進戦略・プログラムを開発し実施することに重点を置いていることです。

テュービンゲン大学では、各学部にジェンダー平等担当委員を配置し、委員によって構成される委員会を設置しています。その委員が学部のすべての人事に関与するとともに、学部学科のジェンダー、ダイバーシティ戦略の策定や学部の支援プログラムの企画、差別・ハラスメントの相談窓口となり、システマティックにジェンダー平等施策がなされていることがわかりました。また、「ファインディングコミッション(Findungskommission)」「カスケードメンタリング」など、ユニークな取組が行われていることもわかりました。

タイ(マヒドン大学)

経営戦略と合致したジェンダー平等の実現

タイはSTEM分野において女子学生・女性研究者が全体の半数以上を占めているアジアで数少ない国の一つであり、タイ国内有数の国立大学であるマヒドン大学では学生と教員の両方でジェンダー平等が実現されています。その背景として、マヒドン大学では女性研究者に特化した支援策を講じるのではなく、あらゆる研究者が活躍し研究力を高める研究環境を整えていることがわかりました。

具体的には、各教員が自ら職務活動の割合を設定することができる業績評価制度「Performance Agreement」を用いた透明性のある管理体制が特徴的な取組として挙げられます。当制度を通して学内の各レベルで研究等のアウトプットとアウトカムをモニターしていると言えます。また、学部単位でSDGsの目標に関する活動を把握し情報発信することで、インパクトランキングの向上、ひいては大学のレピュテーション向上に貢献しており、国際的な開発目標を基にした大学の価値を創造していることがわかりました。 さらに、年齢や性別、教員としての職位に関わらず適性を重視した管理職への登用制度及びリーダーシップトレーニングプログラムを導入しており、どの職位であっても能力・実力に基づいて選出されていることが明らかになりました。その他、「Mobility Program」や「グローバル・インターンシッププログラム」等、日本では見られない取組が数多く行われていることもわかりました。

2 国際比較調査

エンゲージメントとダイバーシティの取組に関する調査(日独米)

日本、ドイツ、アメリカの大学教員および大学生のエンゲージメントと、大学におけるダイバーシティ推進施策の現状についての比較分析を行うことを目的としてアンケート調査を実施しました(2022年3月)。

例えば「あなたの大学はあなたのことを大切にしていると思いますか」という質問では、日本の教員は男女ともに「思わない」の割合がドイツ、アメリカに比べて多く、「思う」が少ないことがわかりました。また、「あなたは大学で活躍したいですか」の問いに対しては、3カ国とも多くの回答者が「したい」「どちらかといえばしたい」を選択し、日本の女性教員で「したくない」「どちらかといえばしたくない」を回答した者は0%でした。他方、「あなたのスキルや能力はあなたの大学で評価されていますか」に対する回答は、ドイツやアメリカに比べ、日本は「されている」の回答が顕著に低いことがわかりました。これらから、日本の大学教員の組織(大学)に対するエンゲージメントがドイツ、アメリカに比べて低いことが示されました。

欧州理工系大学と日本の大学の比較

海外の大学と日本の大学の女性研究者支援の取り組み状況を比較するために、欧州を中心とした理工系トップ大学の国際コンソーシアムである T.I.M.E. Association[註1] Top International Managers in Engineering)加盟機関(ランダムに抽出した25機関)に対してアンケート調査を実施しました(2022年10月~12月、回答率64.0%)。

例えば、「男女共同参画の推進を大学・法人の方針としてHPで公表しているか」という質問に対しては、欧州では9割以上が「公表している」のに対し、日本の私立大学は半数にも届きません。特に興味深いのは、最近注目されている「無意識の偏見」についての教職員研修や授業を、欧州では7割を超える大学が実施しているのに対し、日本の私立大学で実施しているのは2割にも届かなかったことです。欧州の理工系大学に比べて、日本の大学、とりわけ私立大学の女性研究者支援事業が大きく遅れていることが露呈しました。

[註1]
T.I.M.E. Associationとは、欧州を中心とした大学間の協力により、修士・博士レベルのダブルディグリープログラムの推進等を通じて、国際的に通用する工学分野の人材育成に資するために設立された国際コンソーシアム。