成果報告

私立大学のダイバーシティ推進を考える

「建学の精神」に依拠したダイバーシティ戦略

未だ埋まることのない日本のジェンダーギャップ。アカデミアにおいてもジェンダーギャップの問題は長らく深刻な問題として捉えられ、国策として女性研究者支援事業が進められてきました。その影響で、国立大学の場合は、共通の達成目標が掲げられ、国立大学協会のWEBページにおいて、その達成状況が毎年公表されています。

さて、私立大学はどうでしょうか。日本の大学の7割を超える私立大学ですが、実は、そのダイバーシティ推進状況は、未だによくわかっていません。

本事業では、今後の日本の女性研究者の研究力向上のためには、国内の大学の大半を占める私立大学のダイバーシティ推進をいかに行うべきか、を考える必要があり、そしてそのためには、そもそも私立大学にはどのような課題があるのか、を明らかにする必要がある、と考えました。ここでは、調査結果の概要と、その結果を踏まえた「私立大学のダイバーシティ推進モデル」をご紹介します。

1 欧州理工系大学と日本の大学の比較

海外の大学と日本の大学の女性研究者支援の取り組み状況を比較するために、欧州を中心とした理工系トップ大学の国際コンソーシアムである T.I.M.E. Association[註1] Top International Managers in Engineering)加盟機関(ランダムに抽出した25機関)に対してアンケート調査を実施しました(2022年10月~12月、回答率64.0%)。

例えば、「男女共同参画の推進を大学・法人の方針としてHPで公表しているか」という質問に対しては、欧州では9割以上が「公表している」のに対し、日本の私立大学は半数にも届きません。特に興味深いのは、最近注目されている「無意識の偏見」についての教職員研修や授業を、欧州では7割を超える大学が実施しているのに対し、日本の私立大学で実施しているのは2割にも届かなかったことです。日本のデータは、2019年度のものであることを差し引いても、欧州の理工系大学に比べて、日本の大学、とりわけ私立大学の女性研究者支援事業が大きく遅れているといえるでしょう。

[註1]
T.I.M.E. Associationとは、欧州を中心とした大学間の協力により、修士・博士レベルのダブルディグリープログラムの推進等を通じて、国際的に通用する工学分野の人材育成に資するために設立された国際コンソーシアム。

【図1】欧州理工系大学と日本の大学の比較
大学全体(日本)および私立大学(日本)のデータは、全国ダイバーシティネットワークが2019年(2月~6月)に実施した「全国大学・研究機関における男女共同参画・ダイバーシティの推進状況に関するアンケート調査」にて公表している数値を用いた。

2 補助金獲得の影響

私立大学の女性研究者支援体制整備状況を調べるために、在籍学生数が10,000人を超える私立大学を中心に54大学(比較のために国立大学13大学を含む)に対してアンケート調査を実施しました(2022年8月~10月)。私立大学は計19大学(41大学中)から回答があり、回答率は46.3%でした2022年10月末時点)。

女性研究者支援に関わる補助事業[註2]に採択実績のある大学(採択校)とない大学(非採択校)で支援環境に違いはあるでしょうか。例えば、採択校は、女性研究者を支援する組織が100%設置されているのに対し、非採択校は、約2割にとどまりました。また、「貴学の施策における女性研究者支援の優先度」について、採択校は、「最優先」が3割、「重要であるが最優先課題ではない」が7割を占めていたのに対し、非採択校は、「最優先課題」と回答した大学は皆無、「重要であるが、最優先課題ではない」が半数強であったものの、「それほど優先課題ではない」「優先課題ではない」がそれぞれ2割強(合わせて4割強)を占めました。

これらから、補助金の獲得は、組織の環境整備に大きな追い風となるだけではなく、補助金を獲得することによって大学の優先施策として位置づけられ、それが学内の理解醸成にもつながるといえそうです。

ただ、ここで注意すべきは、回答を得た私立大学がわずか19大学にとどまったという点と、そもそも補助事業採択実績のある私立大学の絶対数が少ないという点です。「女性研究者支援モデル育成事業」以降の補助事業の採択実績をみてみると、私立大学の採択は約25%にとどまっています。国立大学はこれまでに全大学の約80%が採択されているのに対して、私立大学は5%にも届きません(いずれも2021年度時点)。国内にある全大学のうち私立大学が占める割合が8割近くであることを考えると、いかに私立大学の参画が少ないかがわかります。

[註2]
日本において女性研究者の支援を目的とした文部科学省の取り組みは2006年に開始された「女性研究者支援モデル育成事業」が端緒となります。その後、「女性研究者養成システム改革加速事業」「女性研究者研究活動支援事業」を経て、現在の「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」に至ります。

【図2】補助事業への採択実績のある大学とない大学の比較(私立大学のみ)

3 私立大学の女性研究者支援環境整備状況の二極化

アンケートの回答率が低かったため、「女性研究者支援組織の有無」「両立支援制度(研究支援員等)の有無」「学内保育所・託児所の有無」「女性研究者支援事業のWEBによる公開の有無」「一般事業主計画の公表」の5項目についてWEBから入手できる情報に基づいて、これらの取り組みの有無を得点化しまた。得点を元に環境・制度の整備状況に基づいて54大学をプロットしてみると、大変興味深いことがわかりました。

図の右に行くほど女性研究者支援のための環境・制度が整っている大学、左に行くほど整っていない大学ということになるのですが、環境整備の状況は、「二極化」していることが露呈しました。いわば、環境が整っている大学(アドバンスト型)と、まだ整っていない大学(スタートアップ型)とに二分された形になったのです。興味深いことに、アドバンスト型は、1校を除く全ての大学が補助事業に採択実績のある大学であり、しかも、比較対象としてデータに含めた13の国立大学は、いずれもアドバンスト型に類別されました。

国立大学は、共通のアクションプランと達成目標の下で基本的な支援体制が整備されてきた[註3]のに対し、私立大学は、一部の大学を除いて、基本的な支援体制すらも未整備な状況にあると言わざるを得ません。しかも、アンケートを依頼した私立大学41大学のうち19大学からしか回答がなかったわけですが、回答いただけなかった大学の多くは「支援組織がないために回答が困難である」「回答したいが担当部署がないため1ヶ月では回答ができない」として回答を断念されたケースが目立ちました。つまり、自大学の取り組み状況を把握することすらままならない私立大学が多く存在することがわかったのです。今回の調査が大規模校に対象を限定していたことを踏まえると、今回は対象としていない私立大学を含めれば、その多くはスタートアップ型に類別される可能性が高いとも考えられます。

[註3]
国立大学の場合は、国立大学協会によってアクションプラン(現在は2021~2025年度)が策定され、その中で達成目標が明確に定められているとともに、追跡調査(回答率100%)によってその達成状況が毎年可視化されています。 国立大学協会「国立大学における男女共同参画について」

【図3】女性研究者支援の取り組み状況による大学マッピング(N=54)

4 私立大学特有の課題とは何か

アンケートでは、「女性研究者の活躍推進において、私立大学が不利だと考えられる点」について自由記述で回答を求めたところ、

  • 教学・学務負担が大きく研究に割ける時間が(国立大学に比べて)圧倒的に少ない
  • 私立大学は数も多く、多種多様であるため、一律の制度を導入することは難しく効果も一様ではない
  • ダイバーシティ推進には有効な施策であっても、短期的に経営上のメリットがあるかどうかが不明
といった点が挙げられました。

つまり、ダイバーシティ推進における私立大学特有の課題として、「私立大学の多様性への対応」が挙げられます。私立大学の場合は、前述のとおり、現時点において環境整備状況が二極化している上に、そもそも大学の規模や意思決定プロセスが実に多様であり、その大学固有の歴史や伝統、そして独自の文化が存在します。したがって、国立大学のような共通のアクションプランを立て、その達成に向けて画一的な取り組みを実施すること自体が、多様な私立大学には適さないといえるでしょう。

もう一点、私立大学特有の課題としては、経営上の問題も挙げることができます。国立大学の場合は、大学の収入の柱とも言うべき運営費交付金の配分指標にダイバーシティ推進が組み込まれていることから、取り組み自体がもはやマストであるといっても差し支えないといえるでしょう。他方、私立大学の場合も、例えば私立大学等経常費補助金等の私学助成の配分基準に女性研究者支援の取組状況や女性研究者の在籍状況が加点ポイントとされるものもあるものの、取り組みがマストともいえる国立大学に比べると、その影響力は小さいと言わざるを得ません。つまり、私立大学の場合、人的資源を含む財源確保の問題や、経営上の短期的メリットの不確かさから、ダイバーシティ推進事業に取り組むかどうか、あるいは中心施策に置くかどうかは、大学トップの判断に委ねられており、経営層が無関心であれば事業に着手すらできない点が課題の2点目といえます。

これらを踏まえると、ダイバーシティ推進における私立大学特有の課題は、「私立大学の多様性にどのように対応するか」という問題と、「経営層にいかにしてアクセスするか」という問題の2点に集約されるといえそうです。

5 私立大学におけるダイバーシティ推進モデル

アンケートでは、「私立大学が有利な点」についても回答を求めました。回答には、

  • 各大学固有の建学の精神に沿った大学独自の大胆な政策が実現できる
  • 附属学校や法人内学校との連携による次世代育成が可能
  • 学内ニーズの活用のしやすさ
  • ブランディングへの寄与
などの記述が見られ、ダイバーシティ推進を展開する上での私立大学ならではの利点についても多く言及されました。これらは私立大学の多様性に起因する「強み」と言うことができます。この私立大学の「強み」である多様性を活かすことができるヒントをドイツの調査から得ることができました。ドイツでは「ダイバーシティ監査(Diversity Audit)」[註4]という監査制度があります。その監査プロセスでは、外部規定された基準目標数値の達成を求められるのではなく、大学の特性や伝統に合わせた、大学独自のダイバーシティ推進戦略・プログラムを自ら開発し、実施することが求められます。ダイバーシティとは、そもそも多様性の尊重であり、組織の多様な背景、文化を損なうことなく、むしろその多様性を活かすことこそがダイバーシティ推進の本来の姿だからです。

このように考えると、それぞれの私立大学が、大学の歴史、文化、規模、意思決定プロセスなど、個々の大学の特色を活かしたダイバーシティ推進に取り組むことが、私立大学の多様性を一層輝かせることに繋がると考えられます。とりわけ、私立大学は、その存在価値ともいうべき「建学の精神」を個々に有しています。いわば、大学がどのような人物育成を通じて社会的使命を果たそうとしているのかを示す「建学の精神」に依拠したダイバーシティ戦略を自ら策定し、実行可能であることこそが、自主性を尊重することによって多様性を確保してきた私立大学ならではのダイバーシティ推進モデルと言うことができるでしょう。私立大学の多様性は、社会の多様性の縮図ということもできます。建学の精神に基づいて社会の知的多様性に貢献しようとする私立大学がダイバーシティ社会の実現に果たす影響力は極めて大きいと期待しています。

[註4]
ドイツ科学助成財団連盟が主催している監査制度。監査員が大学のダイバーシティ戦略立案や施策策定をサポートする。1年半かけて監査が実施され、監査終了後、認定証が授与される。

本記事は、一般社団法人日本私立大学連盟「大学時報」No.410(2023年5月発行)に寄稿した「私立大学のダイバーシティ推進を考える-女性研究者支援の現状から見えた私大特有の課題と展望-」の一部を改訂したものです。 https://daigakujihou.shidairen.or.jp/download/?issue=410§ion=5